KPMGコンサルティング株式会社
KPMGコンサルティング株式会社(以下、KC)の執行役員 パートナーである佐渡氏は、「エッジが立ったことを仕掛ける組織があるべきだ」という想いで 、2021年にビジネスイノベーションユニット(以下、BIユニット)という独立ユニットを立ち上げた。その背景には「個で動ける機能がなければ、コンサルティングファームは規模や組織力の勝負に陥ってしまうと考えた」からだという。 佐渡氏のこれまでのキャリアやKCの特徴、BIユニットの活動、今後の展望についてうかがった。
INDEX
コンサルタントの「個」を光らせたい、という変わらぬ想い
大森
佐渡さんのこれまでのご経歴と、キャリアのターニングポイントを教えてください。
佐渡氏
「コンテンツや広告で世の中にインパクトを出したい」と思い、大手印刷会社に新卒で入社しました。 実際に入ってみて、年功序列の旧態依然としたキャリアモデルを目の当たりにし、「自分で考えて世の中を動かせる人間になりたい」と考えていた私には何か違うと感じ、関心のあったCRM領域で若手のうちからキャリアを積もうと、大手グローバルコンサルティングファームに転職し戦略コンサルタントを13年ほど経験しました。 キャリアのターニングポイントは、2013~2014年頃にコンサルティング業界全体の潮目が変わったと感じたことです。 多くのコンサルティングファームが組織拡大による成長戦略に舵をきり、コンサルタント個人の成長よりも、組織や会社の成長に軸足をシフトしているように感じました。 経営上の戦略として間違ってはいないのですが、私にはあまりフィットしない変化でした。 そこで、自分なりにもっとやりがいを感じられるキャリアを探していたところ、「KCの立ち上げの話がある」と声がかかったんです。声をかけていただいたのは本日こうしてお話している大森さんでしたね(笑) キャリアの次のチャレンジとして、会社や組織をつくる経験ができると思い、2014年、KCの立上げと同時に入社することに決めました。 KCに入社後は、戦略コンサルティング部署に加え、会社組織としての人材開発室や経営企画室のリードも経験してきました。
社員数も1000人を超え、組織基盤もできあがってきたところで、また潮目の変化を感じたんです。組織が大きくなるのは喜ばしい一方、設立当初にあったベンチャー感が失われ、やはり規模や組織の拡大だけの勝負に陥ってしまう」という危機感を覚えたのです。 経営陣の一員として「エッジが立ったことを仕掛ける部門の立上げこそが、他社にはないKC独自の武器となっていく」と伝えました。 それが2021年7月にBIユニットという独立ユニットが誕生した背景です。 そこから、当時担当していた経営企画室や戦略チームのリーダー役を引継ぎ、BIユニットのリードに集中するようになりました。
大森
コンサルティング業界が、「個よりも会社としての成長に舵をきる」潮目を感じて、KCに転職されましたよね。2〜3年前に感じた潮目の変化も同様だったのでしょうか?
佐渡氏
そうです。私は個人一人ひとりの力をいつも信じていたいですし、「コンサルタントとはどうあるべきか」にこだわり続けてきました。 そのためには、コンサルタント個人を輝かせる場所が絶対に必要です。 ただ、2014年頃と2020年頃では外的環境が異なります。2014年頃はリーマンショックが落ち着いて景気が立ち直りつつあった時期で、 コンサルティング業界も、日本企業のアウトソーシングやグローバル進出などの支援を中心に、マーケットはどんどん拡大傾向にありました。 一方、2020年頃になると、マーケット全体はあまり成長していませんでした。企業も、経済合理性だけではなくて、社会的な価値やESGといった取組みに注力することにシフトしてきました。クライアントごとに掲げるパーパス(存在意義)やビジョンが個別化された状況にあっては、コンサルティングファームの組織力でテンプレート化されたサービスで対応しようとすると、どうしても歪みが生じてきます。「個」という考え方がより大事になっていくと実感しました。 これまでは、コンサルティングファームのクライアントは、資金を潤沢に持つ大企業が中心でした。ただ、大企業が直面する課題を解きほぐすことが、果たして産業全体、しいては日本全体を元気にするのかというと、そうではないと感じています。 クライアント自身も疲弊していて、熱量のある相談の割合は、以前に比べて減っていると実感しています。 コスト効率や合理性のある改善をしたいという相談は引き続き多いのですが、それだけに向き合っていて、コンサルタントとしての矜持を維持できるのかも疑問です。
大森
その状況への打開策はどうお考えですか?
佐渡氏
コンサルティングファーム自身が、事業のポートフォリオを見直していくべきです。 例えば、従来のビジネスモデルである、大企業の抱える課題と向き合うことはこれからも大事ですが、全体の8割くらいにしておく。 残りの2割は、社会価値や社会課題に取り組むような個の強さをもつファームにしなければ、差別化ができません。 だからこそ、KCをその2割で輝くコンサルティングファームにしていくことが、現在のトップイシューの1つなのです。
社会価値や社会課題に取り組むのは容易ではありません。収益は上げにくい一方、ステークホルダーも多く、いつ結果が出るのかも分かりません。 特に、お金の部分はハードルが高く、経営上は相当リスクが高いです。 KCは、Big4の中では後発組でやみくもに規模の拡大を求めてこなかった。その分、フレキシブルに動けることはアドバンテージでもあります。 新しい事業は価値やリターンが出にくいので、収益の取り方を変える必要があります。プロフィットシェア(利益分配制)とするのか、プロジェクトに関わる複数企業からなるコンソーシアム(共同企業体)からフィーをいただくのか、3年後、5年後にもらうなど、さまざまに工夫する余地はあります。 失敗する可能性もゼロではありませんが、こうした社会課題に真っ向から挑む取組みが成功すれば、コンサルティングファームとしても本質的な価値を失わずに成長・進化することができると信じ、KCは独自路線で頑張っています。
スポーツというコンテンツをハブにした地域経済圏をつくる
佐渡氏
私がもうひとつ危機感を覚えているのは、コンサルタントが「そもそも、それでいいのか?」というコンサルタントが最も価値を生む思考をしなくなっていることです。 従来、戦略コンサルタントは「本当にそれをやることに意味があるのか」から常に思考していました。ところが、現在はコンサルティングサービス自体がだんだんと型化され、カスタマーエクスペリエンスやペルソナを分析し、システムを変えていきましょう、というHow To論ばかりになっています。 だからこそ、私たちBIユニットでは、「やるべきテーマが本当にそれなのか」という発想で取り組んでいます。 例えば、女性活躍推進をテーマにするのであれば、本質的に何をしなくてはいけないのか。セミナーを開催する、管理者目標をおくための制度設計(=How to)をするだけではないと思います。 女性が活躍できる社会をつくるには、世の中にある歪みそのものを解決しなくてはいけないはずで、その歪みは何なのか。さまざまなライフステージの女性の環境に応じて、欲しい情報や補助金制度、ネットワークを提供できないか。そういった議論から始めて、仮説を立て、その仮説に賛同してくれる企業と組んで、お互いリスクを取って3年くらい取り組んでみる。こんなモデルで事業化しようとしています。 コンサルタントは、高い視座で何をすべきか考え抜く力だけは失ってはいけない。社会課題は曖昧模糊としていてリターンも得にくいから避けがちですが、本質的な課題を設定しその解決策を考え抜く力を持っている、私たちコンサルタントこそが真っ向から向き合うべきだと考えます。
大森
BIユニットでは、さまざまなテーマ を挙げているという話がありましたが、具体的な事例を教えてください。
佐渡氏
BIユニットにはスポーツイノベーションチームがあり、その柱としてJ1プロサッカークラブの湘南ベルマーレ と2020年からタイアップしています。 従来のコンサルティングファームならば、スポーツアドバイザリーという箱をつくって、「うちのスポーツ事業を考えてほしい」「スポーツイベントのやり方を教えてほしい」といった各チームのプロジェクトを回していくイメージですよね。 しかし、スポーツイノベーションチームは、「スポーツというコンテンツをハブにした地域経済圏をつくる」ことを考えています。 湘南ベルマーレは、平塚にホームスタジアムがあり、人を惹きつけるコンテンツを持っているにも関わらず、収益は週末に開催されるホームゲームのチケット代やスポンサー費用くらい。湘南エリアをホームタウンに、地域住民の生活の一部になっているのに、おかしいと思うんですよね。 日本はエネルギー資源に乏しい国で、一部にモノづくりも終焉を迎えていると言われていて、だからこそ、スポーツに限らず、コンテンツの持つ力をハブにして経済圏をつくっていく必要があると考えています。これまでは実現が難しかったことも、今ならデジタル技術を駆使すればできることは広がります。
湘南ベルマーレの例を挙げると、取組みの1つとして「地域協創型SDGsプラットフォーム」というデジタルプラットフォームをつくりました。このプラットフォーム上では、地元企業を中心におよそ700社の企業がつながっていて、現在、17のSDGsに関連した活動を進めていくことになっています。 このプラットフォームで、企業ごとのアイデアを実行して価値を分け合うことが実現すれば、スポーツチームがその街にある価値が何倍にも広がると思うんです。 マネタイズはまだ少し先になりますが、プラットフォームが活性化し運営モデルができあがれば、将来的にはお金が必ず動きます。 ゆくゆくは、湘南ベルマーレでの取組みを別の地域やほかのスポーツチームにも拡大させていきたいとも考えています。 コンテンツはスポーツに限らず、アニメでも、歴史でも、その地域と組んで経済圏をつくる取組みを進めていきます。 その際、重要となってくることが価値の算出です。さまざまなテーマに取り組む中で、価値を捉えにくいことがビジネス化のボトルネックになることが多い。経営者の立場からすると、投資した際の効果やリターンが分かりにくいんですよね。 満点の解は出せなくても、価値のメカニズムを可視化することも必要です。 ESG投資の体系的なツリーのように、湘南ベルマーレで行っているSDGsの取組みごとに、どのような効果を生み出したのか、または参加企業にどんなベネフィットがあるかがわかると、参加企業ごとの費用対効果も算出できます。KPMGではバリュエーションなど幅広いサービス提供を行っていますので、特にその点において参加企業からの期待は大きいようです。
大森
さまざまな取り組みをされているんですね。
佐渡氏
もう1つ紹介したいのが、日本の製造業をメインターゲットとした、AIを使った新規事業創発支援です。企業がもっている把握しきれないくらい大量の技術特許や素材特許を、AIに分析させて転用できる事業を探していきます 。 従来から、新規事業戦略支援は行ってきましたが、企業に埋もれている素材特許に対して、1から調べていくのは時代に合わないので、AIを活用しています。 例えば、ある企業で特許を取得している加工技術が、実は公園の滑り台のけが防止に使われる素材と一致したとしたら、その情報をヒートマップで出すことで、その企業は新しい事業に踏み出す機会になりますよね。 その他、日本の製造業が強みを失わないために、製造業を中心に業界のリーディングカンパニーと組み、業界を盛り上げていくための仕掛けを検討するチームもあります。
大森
聞いていてワクワクしますね。単にコスト削減ではない大きな変革が見えます。チャレンジングだけれども、やりがいを感じられそうです。
コンサルティングファームに入ったからといって、真のコンサルタントになれるかは別の話
佐渡氏
少し話題は変わりますが、最近はポストコンサルタントというキャリアを選択する人も増えてきました。コンサルタントとして能力の高い人たちが、「今はコンサルティングファームじゃないな」と考え、事業会社やスタートアップに活躍の場を見出しています。 エッジの立った人材が、これまで私たちが支援してきたクライアント側の事業会社に根づいていくと、コンサルティングファームの価値はどんどん下がってくる。この流れが起きています。
もちろん、コンサルティングファームに就職することでコンサルタントという肩書きを持って仕事はできます。 でも、コンサルティングファームに入ったからといって、真のコンサルタントになれるかは別の話です。 曖昧模糊とした課題を解決する水先案内人になれるのは、本質的なことを考えられるコンサルタントだと思っています。そんな人を一人でも増やしたいというのが、KCの立ち上げの頃からの私の考えです。
大森
「ゼロ・イチを考えるコンサルタントは、戦略系コンサルティングファームと同じなのでは」と思う人がいるかもしれません。 私の解釈では、戦略系コンサルティングファームのコンサルタントは方法論を元に戦略を型にはめていく人たち。佐渡さんの言うコンサルタントは、価値創造や社会課題を定義して、どう解決していくかを考える人たちだと認識しました。
佐渡氏
その通りです。 今はコンサルタントだけでなく、経営者が置かれている環境も以前と大きく変わっています。 これまでの経営者の悩みは「海外に出るべきだろうか、事業ポートフォリオを考えなくては」といった戦略策定の観点が大きかったと思うんです。この悩みにフィットしていたのが戦略コンサルタントでした。 しかし、今の経営者は考えることが非常に多く複雑化しており、戦略策定の観点で解決できる悩みは2割くらいでしょうか。デジタル、社会課題、人的資本など考えなくてはいけない要素が多様化していき、戦略コンサルタントだけではカバーしきれないわけです。 BIユニットには戦略コンサルタント、デジタルコンサルタントやビジネスコンサルタントに加え、アライアンスを組んでいる外部の起業家たちもいる。そのぐらいの向き合い方が、経営者と相対できる構図です。
右脳が鍛えられる環境に身をおくことで、自分のやりたいことを見つける
大森
佐渡さんの想いに共鳴してくれる人が集まったとき、表面的なスキルより、その人の想いやパッションを見ていくことになりますよね。そこはどのように見ていかれるんでしょうか?
佐渡氏
正直、悩んでいる部分でもあります。 「そもそもなぜやるのか?そこに価値があるのか?」と考え抜く力は、パッションよりも左脳によるものです。 そのため、左脳にあたる構造的思考や論理的思考力といった基礎スキルを、ベースラインとしては重視しています。 右脳の部分でいえば、社会で10~15年働いてきた人なら、本当にやりたいことへの目線の置き方などで見えてくる部分はあります。 やりたいことがない方を採用すると、お互いにアンハッピーなので、その見極めはしていますね。 若手に関しては、スキル面はまだ成熟していなくても当然なので、熱意やパッションを持つ人材と出会いたいと思っています。 そんな方なら、KCの環境は最高に合っていますし、一緒にプロジェクトを通して学んでもらえることも多いと思います。
大森
右脳を使えるコンサルタントになりたいけれども、現在はなれていないと感じている方もいるのではと思います。そんな方が、自分のやりたいことを見つけていくためには、どのように学んだり、仕事に向き合うといいでしょうか?
佐渡氏
前提として、右脳を使える人でなくても、コンサルタントの仕事ができる方はたくさんいますし、それはそれでいいと思っています。ただし、右脳を鍛えてアイデアから発想していきたいと思うなら、世の中に刺激を与えているケースや人の考えに触れるインプットが必要です。私自身、多くの本を読みます。 非連続なことをやってきた人の話に触れて、まずは右脳にたくさんの刺激を与えていくことしかないですよね。 そして、コンサルティング業界では避けて通れないことですが、誰と仕事をするかも重要です。私自身は、若手の頃からクライアント企業の経営層と一緒に仕事をさせていただく機会が多く、恵まれていました。リーマンショックのときも、さまざまな修羅場をくぐらせてもらい、胃が痛い思いもたくさんしましたが、経営の意志決定者と向き合うと右脳は鍛えられますし、そういう環境を自ら探していく必要もあります。 以前は、経営層の横に付く場面が多くありましたが、今は減ってきていますよね。そういった意味では、BIG4の中でもまだそれほど規模の大きくないKCにはそうしたチャンスが多いといえます。
大森
これからが楽しみですね。多様性を大事にしてくれてチャレンジできる環境の中で、佐渡さんが勝負している本気度を感じます。
構成・編集:久保佳那 撮影:赤松洋太