デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
スタートアップに対する資金調達やIPO支援、大手企業内の新規事業立ち上げ、さらには政府とのスタートアップ支援などを行うデロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社(以下DTVS)。代表取締役社長の斎藤氏は同社の特徴を「デロイトという看板がありながら、スタートアップの動きができる」と語る。 斎藤氏がベンチャー支援を志した経緯やキャリア、同社の事業、求める人物像についてうかがった。
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15歳から志していたベンチャー支援を、デロイト トーマツグループで実現
大森
斎藤さんのこれまでのご経歴について教えてください。
斎藤氏
私がベンチャー支援を志すようになったのは中学生の頃にさかのぼります。当時、父が独立して事業を始めて苦労する姿を見てきました。そして、独立事業者をサポートしている公認会計士がいると知り、将来は公認会計士になってベンチャー支援をしようと決めたのです。 その頃から25年経ちましたが、考えていることは変わっていません。 会計士試験に強いと言われる慶応大学経済学部に進んだ私は、ダブルスクールを始めました。4度の試験の末、公認会計士試験に合格した私が就職先に選んだのは監査法人トーマツでした。その理由は、ベンチャー支援、IPOにおいてトップクラスの実績をもっていたからです。 しかし、入社して数ヶ月経つと、監査法人のベンチャー支援は自分がやりたかった支援とは違うことに気づきます。トーマツが支援しているのは、IPOを目指すある程度規模の大きな企業でしたが、私はゼロから立ち上げる企業を支援したいと思っていたのです。 そこで、会社の仕事とは別に、個人としてベンチャー企業の支援活動を始めました。その活動を始めて4年が過ぎた頃、デロイト社内でベンチャー支援を行う別会社を立ち上げる動きがあり、デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社(以下DTVS)に携わることになったのです。
大森
DTVS立ち上げから今に至るまでのターニングポイントはありますか?
斎藤氏
初めのターニングポイントは、DTVS立ち上げ後のメンバー集めです。ベンチャー支援は私にとっては子供の頃からやりたかったことですが、会計士資格をもつ社内のメンバーがすぐにやりたいと思ってはくれません。当時はライブドアショックやリーマンショック直後でベンチャーになかなかお金が集まらない時代で、今とは違いベンチャーを支援する政策も少ない状況でした。 そのため、まずデロイトを辞めそうな人を「1年だけ残って手伝ってほしい」と口説き落とすところから始めました。その後、少しずつメンバーが増えて5〜6名になったときに、外部採用の許可が出てメンバーが増加していきました。
大森
初期メンバーを集めるのに苦労されたのですね。どのような話をして仲間を増やしていったのですか?
斎藤氏
デロイト社内にいる人の場合、DTVSに異動することになります。今いるチームの上司に反対されたりもしますから、本人が相当覚悟を決めないと移れないんです。だからこそ、本人がベンチャー支援に面白さを感じることが大事でした。ベンチャー支援の面白さとどう個人のスキルアップにつながるかを伝えました。 ベンチャー支援の面白さは、私が語るだけでなくベンチャー企業の経営者が話すイベントに来てもらうことで伝えました。半端じゃない熱さで夢を語る経営者たちを見て「面白そうだ」と感じてもらえることも多かったです。 スキル面については、ベンチャー支援は人とのネットワークが広がること、資金調達のサポートをする攻めの仕事で市場価値が高くなることなどを伝えました。
外部採用を開始してDTVSは一気に拡大し、2015年に本格的に事業として立ち上がりました。そして、監査法人トーマツから15億円ほどの大型調達をします。 しかし、私が社長になった2019年頃にはデロイトからの投資が尽きそうになりました。投資を受けてから毎年3億円ほどの赤字が続いていたので、黒字化するタイミングは非常に大変でしたね。このときもターニングポイントでした。 ベンチャー企業でもそうですが、赤字で事業運営しているときは、インパクトがあって面白い仕事をしていればメンバーへの求心力を保てます。しかし、それを黒字化しながら続けるのは難しかったですね。 具体的には、全社でマネタイズする意識やプロ意識を高めようと全社のカルチャーを変えたり、提供するサービスの強みをクリアにしました。そのタイミングで新卒採用を始めたことや、カルチャーに合わない人が離職するなどして基盤が固まったことで、事業が伸びて利益が出るようになり、順調に拡大を続けています。
ベンチャーが成長しにくい日本の環境を変えていきたい
大森
御社の事業や目指していることを教えてください。
斎藤氏
当社が一番課題だと思っているのは、日本の時価総額トップ10やトップ100の企業がほとんど入れ替わらないことです。アメリカや中国は、時価総額トップ企業の入れ替わりがあり、経済も成長しています。 そして、成長している企業は明るい雰囲気の会社が多いですよね。一方で、伸びていない企業はポストが限られるので、どうしても閉塞感があります。だからこそ、当社は日本の成長企業を増やしていきたいと考えているのです。 そのための当社の取り組みとしては、3つの視点があります。1つめは独立系のスタートアップ企業で、時価総額1兆円を超えるユニコーン企業を創出することです。 2つめは、大企業発のベンチャー企業を成長させること。というのも、時価総額1兆円を超える企業はほとんどが大企業から生まれたベンチャーだからです。そのため大企業に向けた新規事業のコンサルティングやサポートを行っています。 3つめは二代目、三代目の経営者を支援すること。何十年か続いている企業にはさまざまなアセットがあります。起業した団塊世代の子供たちがちょうど40歳前後で世代交代を迎えている企業も多いです。例えば、ブラックサンダーを販売する有楽製菓は30代の社長に変わってから、一気に成長しましたよね。 これらの視点をもって、それぞれの企業を支援しながら、社会全体をドライブさせていきたいです。 具体的な事業内容は、スタートアップの資金調達やIPO支援、M&A、大企業とのアライアンスやジョイントベンチャーをつくる支援、海外展開などさまざまです。 大企業に対しては、社内で新規事業をつくる企画段階からアイデア出しを行ったり、大企業が投資先と共にジョイントベンチャーをつくったりする支援を行っています。こうした支援をグローバルで展開できることも当社の大きな特徴です。 最近では、経団連の皆さまとスタートアップの躍進ビジョンを策定しました。その結果、1兆円規模の予算、スタートアップ5ヶ年育成計画などの政策立案につながっています。東京都が開催している「CITY TECH TOKYO」というイベントにも携わり、世界70ヶ国以上から何万人もの起業家や投資家を集めました。 ベンチャー支援のトップランナーとして、イノベーションや大型案件、グローバル案件など、幅広い案件を手がけています。
大森
御社の場合、中長期的な支援が多いと思いますが、どのように収益を上げていらっしゃるのでしょうか?
斎藤氏
スタートアップの支援に関してはコンサルフィーをいただくこともあれば、資金調達やM&Aの成功報酬をいただくケースもあります。 大企業向けには、戦略や実行支援を含めたコンサルティングを行っています。実は、コンサルタントとして面白いのはそのくらいの規模感だと思うんですよね。具体的には、事業を本当にゼロから考えてつくっていく、グローバルなコーポレートベンチャーキャピタルを立ち上げて運用する、ジョイントベンチャーを作るなどの支援を行っています。
大森
御社の場合、経営戦略だけでなく、ファイナンスやM&A、IPOを含めて、どういったスキームがいいかを提案できることが強みですよね。 話は変わりますが、日本のベンチャーは欧米などに比べてスケールしない、世の中を変えるような会社が生まれにくいと言われていますよ。その原因を斎藤さんはどうお考えですか?
斎藤氏
いくつか理由があると思います。1つはマーケットの小ささです。日本のベンチャー企業のマーケットは日本の人口1億人の10%ほどです。グローバルなサービスと比べると、そもそも狙えるマーケットが小さい。 スタートアップが資金を調達するときは、「こんなマーケットがあります」というプレゼンをするので、マーケットが小さいと調達できる金額も少ないです。調達金額が少ないとリスクテイクできないのでスケールしにくいです。 2つめは、人材の問題です。日本の場合は最優秀層がベンチャーに行ったり起業したりする構造になっていません。例えば、中学受験して中高一貫の難関校に入る人たちは医者や官僚、弁護士などを目指すことが多く、一般のビジネスに行く人が少ないです。そこから起業する人はさらに少ないです。この点は重要な課題だと我々は感じ、中学生や高校生に向けた起業家教育も行っています。 3つめは、ベンチャー企業にとって、優秀な経営者だけでなく、優秀な幹部やマネジメント層を集められるかは非常に重要です。優秀な人が多く集まるベンチャーはやはり強いです。 しかし、日本では優秀な人は大企業やコンサルティングファームで働くことが多く、ベンチャーに行くケースはまだまだ少ない。この流れを変えていかなければ、日本はなかなか変わらないと思います。この点、弊社では卒業生の7割がスタートアップの世界に飛び込むことで人材供給面でも貢献をしていきたいと考えています。 4つめの理由は、大企業の意思決定者とスタートアップの経営者にジェネレーションギャップがあることです。例えば、ベンチャーの30〜40代の経営者と同世代の人が大企業の意思決定者にいれば、物事はもっとスムーズに決まります。しかし、日本の場合は20歳ほど離れているケースが多い。そうすると話は合わないし、全然物事が進まないんです。 欧米では40代の大企業のトップも珍しくないのですが、日本はそれより10年以上遅いんですよね。このスピードも早めていきたいと思っています。 具体的には、2025年までに大企業の30代社長を300人にする取り組みを行っています。たとえ金額が小さくても、意思決定できる若手が大企業に増えるだけで、スタートアップは大企業と取引しやすくなり成長が加速するからです。
大森
とても魅力ある事業をされていますよね。 現在はコンサルティングファームにいて、いずれスタートアップや事業会社に行きたいと考えている人が、御社を経験してベンチャー界隈の空気間や感覚を覚えていくのは非常に有意義ではないかと思いました。
斎藤氏
実際にコンサルタント経験のある人が多く活躍しています。例えば、コンサル業界で培ったプロマネ力を生かしてグローバルで大きなイベントの責任者をやっている人もいます。大型案件を担当して、活躍しながらイノベーションの世界を学んでいるところです。 基本的に報酬が現職より下がることはないので、リスクなくベンチャーやスタートアップの世界を知ることができます。 また、成長率の高い会社なので、パートナーの人数がまだ少なくポジションがいくらでもあります。イノベーション分野でパートナーになれる会社は、業界の中でもあまりないので、参画するには面白いタイミングだと思います。
ベンチャーやスタートアップ領域に興味のあるコンサルタントを求めている
大森
御社の求める人物像について教えてください。
斎藤氏
現在200名ほどの規模ですが、2030年に向けてベンチャー支援でアジアナンバーワンとなる1000人規模に拡大したいと考えています。まずは2027年に500人名ほどの規模を目指します。 現在、産業別や機能別、国別などチームをどんどん組織していて、最終的には30チームほどにしたいと思っています。それぞれのチームに30名所属するとして、1000名ほどの規模になりますよね。こうしたチームを引っ張るリーダーとなるコンサルタント経験者に来ていただきたいです。 コンサルティング業界全体は成長期を抜けて、過渡期にあると思うんです。しかし、イノベーション分野に関しては非常に伸びていて、当社は年50%の成長率です。 会社にいて経営層を目指すもよし、実力をつけてベンチャーのCXOになる、自ら起業するもよし。さまざまな選択肢が広がっています。 求める経験やスキルは全方位です。イノベーション×コンサルティングを主軸にしている会社なので、どちらかに強みをもっていればもう片方は働きながら学べます。 例えば、政策に関連したプロジェクトも多いので、行政の仕事を経験していてイノベーションを学びたい人も歓迎です。ファイナンス系の経験者でイノベーションやスタートアップの分野で、M&Aや資金調達、デューデリジェンスをやってみたい人にも合うと思います。 新規事業を担当するときはテクノロジーの目利きをする技術チームがあり、エンジニアリングに強みのある人の能力も発揮いただけます。
また、全体の半数がグローバル案件なので、社員がいつでも英語を学べるよう、正社員の英語教師が2名います。私自身も毎日30分英語のトレーニングをしているところです。 そのため、英語力がなくても心配はありません。当社に3〜5年いれば、グローバルで自ら起業できるほどのスキルやマインドを身につけられるでしょう。 海外への駐在を全体の10%にすることを目標とし、同時に大企業や中央官庁への出向者も増やしています。当社と海外駐在と出向者、卒業生、起業家でイノベーションのインフラをつくっていこうと考えています。
大森
海外駐在は比較的早いタイミングでチャンスはあるのでしょうか?
斎藤氏
いきなり海外に行っても活躍しにくいので、3年ほどベンチャー支援をして、活躍した社員から海外に行ってもらっている状況です。現在はシリコンバレーに7名、シンガポールに2名、インドとイスラエルにも1名ずついます。今後は欧州も予定しています。 グローバルプロジェクトが多く、海外出張の機会も多いです。タイミングによっては2カ月で50名ほどが海外に行くこともあります。グローバルな度合いでいえば、コンサルティングファームの中では群を抜いていると思います。
大森
グローバルな経験をする機会が非常に多いのですね。 興味をもつコンサルタントは多いと思いますが、ベンチャー支援の領域でこれまでのコンサルタント経験が生かせるのか、不安に思う方もいるかもしれません。
斎藤氏
デロイトという看板がありながらスタートアップの動きをしているのが当社の特徴です。イノベーションとコンサルティングが融合しているため、スタートアップやイノベーションや事業を創出するインキュベーションの力と、コンサル経験者のもつスキルや経験が必要なのです。実際に、デロイトトーマツから異動してくる社員も多いですが、活躍しています。 さまざまなファームの出身者が多いので、気になる人はOBとカジュアルに話していただくことも可能です。
大森
コンサルタントがスキルを生かしながら、段階的にキャリアチェンジできる環境ですね。
構成・編集:久保佳那 撮影:赤松洋太